
ジャック・ケルアックの『路上(ON THE ROAD)』、ロバート・ハリスの『エグザイルス』、はたまた五木寛之の『青年は荒野をめざす』の世界に憧れ、僕は日本を飛び出した!!20代から30代に変わるこの貴重な2年間、バンコクからロンドンへ!ユーラシア大陸の延々と続く道を、バスを乗り継ぎ、電車を乗り継ぎ、たまにはヒッチで!ひたすら放浪してきました!!帰国後に映画を撮ることを夢見ての28歳の旅立ちです!!
(写真はタイのコ・パンガンにて。)

2年間の放浪を経て帰国。次の日に、ヒッピー然とした髭面で一度も着用することがなかったリクルートスーツを着て、ある映画監督の事務所を訪れました!脚本も自主映画も撮ったことのない自分にあるもの、それは情熱とガッツのみ!!「まづは、自分で脚本を書いて、一本、何でもいいから撮ってみなさい!」のお言葉を頂き、仕事をしながらシナリオ学校、映画のワークショップに通い、多くの同じ志の仲間に出会い、自主制作で一本の映画を撮る。コンテストに応募するも、鳴かず飛ばずの惨敗ながらも、プロの現場へのお誘いを頂き、寝る間を惜しんで、現場を駆け回る日々。鈴木清順監督をはじめ、多くのプロの監督さんやプロデューサーさんに出会い、自分の才能を自覚し悩む日々。やるだけのことは、ビッチリやった3年間!!そのとき32歳。

「映画のつぎに、大好きなものはなんだろう?」と自問し悩む日々。「そうだ!俺、Tシャツが大好きだ!!」あるときパッとひらめいた!思い立ったら吉日。映画の未練を断ち切るべく、住み慣れた東京は中野&高円寺をあとにして、埼玉県にあるシルクプリント工場に職人修行のために飛び込みました!!インクまみれになりながら仕事して、Tシャツの「いろは」をがむしゃらに吸収する日々。BEAMS、ワールド、ソニプラ、etc…。いろんなTシャツを刷って刷って刷りまくりました!!!そして、この時期に、自分のオリジナルTシャツを初めてデザイン&制作しました。写真の「CHILL OUT」(写真はチルアウトの原版)が初作品。

ものづくりの現場での修行を経て、つぎは、デザインの仕事を見つける日々が続きます。大学を卒業して旅に出るまでDTPデザインの会社に2年間在籍していたことと、旅の経験のみが、自分のセールスポイント!?そんな僕を信じてデザインの仕事を与えてくださる会社に拾われる。本当に感謝です!!良き上司、デザイン部の先輩、同僚に出会い、デザインや企画の「いろは」をド真剣に学ぶ日々。仕事をしながら同時に、勉強もさせて頂けるなんて、本当にありがたかったです!!そんなこんなのデザイン企画漬けの2年の月日はあっという間に過ぎ去り、この経験・ノウハウを故郷九州で伝えようと決意。意を決して九州博多に帰福上陸。この時点で、知り合いはゼロ!!初めての土地での挑戦、ドキドキでした!!

福岡に拠点を移して開業準備を始める。パンフレット制作は予想以上に時間がかかり、事務所を借りて8月後にやっと開業することが出来ました。パンフレット用の写真をハワイで撮影。ドキドキしながら、いろんな方に声をかけ、モデルになっていただきました。この写真のおかげで素敵なパンフレットが完成!(トップページの画像にも入ってますよ。)そして、2007年の3月16日、ジャスティープラントがスタートしました!!
Staff Profile

ジャスティープラント
代表 本田 聖 Kiyoshi Honda
- 1970.12 熊本県生まれ
- 1989 熊本県立玉名高等学校卒業
- 1996 早稲田大学 第二文学部卒業
- 1997〜1999 有限会社オフィスロック DTPデザイン部
- 1999〜2001 バンコクからロンドンまで陸路にて2年間の旅にでる。
- 東南アジア・インド圏・イスラム中近東・ヨーロッパのアートやデザインに触れる。
- 2001〜2002 Six Senses Hotels Resorts and Spas 東京支店 セールスマネージャー
- 2003〜 小椋事務所 SABU監督映画 制作部
- 自主制作映画「Hash up routine!」を監督。プロ/インディーを問わず多くの映画人と交流する。
- 2004〜 合資会社グランディー シルクプリント工場
- BEAMS・BOYCOTT・ソニープラザを主にしたアパレルのプリント技術を習得する。
- 2004〜2006 株式会社丸栄西野 東京支店 企画デザイン部リーダー
- イオンを主に大手量販アパレルのブランドロゴ/副資材のデザインを多数手掛ける。
- 2007.3〜 福岡市今泉にて、jusTeeplant(ジャスティープラント)事務所開設
- 2008 博多一風堂ニューヨークのロゴ・VI ユニフォーム等のデザインを手掛ける。
